寛解を告げられた日の気持ち

 

こんにちは、ふくふくです!
今日もブログを読みに来てくださって、本当にありがとうございます。

私の白血病の体験記と、子供達の発達障害の話を交互に投稿しています!
今日は白血病のお話!

 

今回のテーマは

 

『寛解を告げられた日の気持ち』

 

についてです。

 

この病気においての「寛解」がどの段階の事を指すのかはハッキリ分からないのですが、治療から解放された、つまりお薬を飲まなくても良くなった時として、今回はお話していきますね。
(完治なら分かりやすいんでしょうけどね)

 

「寛解」という言葉を聞くと、きっと多くの方が「完全に治った!」「よかったよかった!」と明るいイメージを持たれるかもしれません。
もちろん、私自身も喜びはありました。
でも同時に、“心から解放されたとは違う感覚”や“不安”が混ざっていたのも事実なんです。
今日は、その複雑な感情を、ありのまま綴ってみようと思います。

 

◆数値が下がっていく希望

 

私が慢性骨髄性白血病と診断されたのは、今から約7年前の事でした。
診断後、すぐに分子標的薬である「タシグナ」での投薬治療が始まりました。
ゆっくりと心の準備なんてできず、現実を受け入れきれない自分と、1秒でも早く治療を開始して治さなくては!と思う自分と、たくさんの感情が頭の中を巡っていたのを覚えています。

 

お薬が始まってからは、治療の経過を確認するため、診察のたびに血液検査が行われます。
慢性骨髄性白血病の原因遺伝子である「BCR-ABL遺伝子」の量を調べ、その数値がどれだけ減っているかで治療の進み具合が分かるんです。

副作用に耐えながらお薬を飲み続け、最初は高かった数値が少しずつ下がっていき。
時間はかかりましたが、約2年ほどで「主要分子遺伝学的寛解(MMR)」と呼ばれる、0.1%未満の状態に到達しました!

 

治療を始めた当初はお薬が必ずしも効かない可能性もゼロではないという不安もあった為、

「ちゃんと効いたんだ…」

という安堵感がありましたね。

 

けれど、そこで治療が終わる訳ではないんです。
MMRに到達した後も、再発を防ぐ為に更にお薬を飲み続ける必要があるんです。

 

◆「お薬をやめてみますか?」

 

 

MMRを維持したまま、お薬を引き続き飲み続ける生活。
そこから約2年が経過した頃、主治医から思いがけない言葉をかけられました。

 

「数値が安定してから2年が経ちましたし、お薬をやめてみますか?」

 

その瞬間、心臓がどきっと跳ねました。
4年間も続けてきた治療ですから、「ついにか!」という気持ちが最初にきつつ、でも同時に

「大丈夫なの?」

「また数値が上がるんじゃないの?」

という不安も押し寄せてきました。
なんとも複雑な心境…。

 

 

主治医の説明によると、お薬をやめても再発しない人もいれば、数値が上がって再開する人もいると。
つまり、やめてみなければ分からないのです。

しかもこの提案、全ての医師がする訳ではないらしく、私の主治医は「医療費の負担も大きいでしょうし」という理由から、ある程度安定している患者さんには勧めているそうでした。

 

確かに、このお薬を飲んでいる間は高額療養費の上限額を支払い続けていました。
それが不要になるなら、とんでもない額が浮きます。
家計を考えれば、とても大きな変化ですよね。

 

数値がまた上がって、ここまでの治療の成果が後退するかもとか、再度治療を再開した時にタシグナが効かなくなってしまうかもしれないとか、色んな思いが頭を巡りましたが、

「完治が存在しない病気である以上、立ち止まっていても仕方ない」

そう思い、私は投薬終了を決意しました。

 

◆「寛解」の日、心に浮かんだもの

 

 

こうして約4年間続いたお薬との付き合いに、ひとまず区切りがつきました。

 

このお薬を飲む為に毎日時間に縛られていた生活から解放されたのは、本当に大きな変化でした。
ふと「あ、もうお薬を飲まなくていいんだ」と気づくたびに、胸の奥から自由があふれてきました。
育児をしている生活の中で、時間に縛られる要素がなくなるとこんなに心に余裕が生まれるんだと思いました。

 

これは心理的な要素もあるかもしれませんが、お薬をやめて、身体が軽くなったような。
「何もウェイトがかかってない私ってこれなんだ!」という感覚になったのを覚えています。

 

でも――
「すっきり!100%これで終わり!」という爽快感かといえば、そうではありませんでした。

 

当たり前ですが、これは「完治」ではなく「寛解」だからです。
「もう大丈夫」と言い切れるものではなく、「これからもずっと見守り続けていく必要がある状態」。

喜びと安心感がある一方で、「いつかまた再発するかもしれない」という不安が心の隅に残っているのです。
けれど「一区切りがついた」という安堵も確かにある。
とても複雑で、なんとも形容しがたい気持ちでした。

 

◆あれから3年経った今

 

現在、治療をやめてから約3年が経ちました。
今でも定期的に血液検査と診察を続けていて、最初の頃は毎月、途中から2ヶ月ごと、1年前くらいからやっと3ヶ月ごとの診察になりました!
数年経ってもそう簡単に半年に1回の検査…とはならないのは、それだけ寛解というのは安心できる状態とはいかない、って事なのでしょうね。

 

現状の数値は、治療再開が必要になるギリギリのラインを行ったり来たり…。
主治医からも「そろそろ再開かもしれませんね」と言われつつ、「なんとか持ちこたえている」という状態です。
毎回の診察で、心の中では「来月には再開かなぁ」と思いながら通院しています。
でも、このままギリギリを持ちこたえ続ける方もいらっしゃるそうで、
正直、この“一生気にし続けなければならない感覚”こそが、「完治のない病気のリアル」なのだと思います。

 

 

近い将来、また治療を再開して、副作用が辛いというブログを書き始めるかもしれません。
もちろん、このままずっと何もないかもしれません。
一生眠り続けてくれる事を願いつつ、共存していきます。

でも、それでも。
あの日「寛解」を告げられた瞬間の感慨深さは、これからも忘れないと思います。
今また再発したとしても、一度ここに辿り着けた事を知っているから、治療を始めたばかりのあの頃よりずっと未来に希望を持てるようになっている。

「寛解」とは、ゴールではなく、いつかのスタートの為の休憩所のようなものかもしれないですね。
完全な終わりではないけれど、確かに安心できる区切りでもある。

一生休憩してたいですね(笑)

 

その曖昧さに戸惑いながらも、私は今も「今日を生きる」という気持ちで日々を過ごしています。

同じ病気の方、あるいは何らかの慢性疾患を持つ方にとっても、この感覚は共感していただける部分があるのではないかと思います。

 

◆次回予告

 

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。

次回は、子供達の発達障害のお話。

 

【支援級1年目の息子のリアル】

 

を書いてみたいと思います!

今年度から情緒支援級に転級した、小学2年生の息子しぃくんの現状。
通常級から情緒級へと移った事により、どんな良い事や悪い事が起こったのかなどなど…
かなりリアルタイムな話題となります!

また次回もぜひ遊びに来てくださいね!

 

 







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