薬を飲むだけの軽い治療?周囲の認識とのギャップ

 

こんにちは、ふくふくです!
今日もブログを読みに来てくださって、本当にありがとうございます。

 

私の白血病の体験記と、子供達の発達障害の話を交互に投稿しています!
今日は白血病のお話!

 

今回のテーマは

 

『薬を飲むだけの軽い治療?周囲の認識とのギャップ』

 

についてです。

 

これは、私が慢性骨髄性白血病(CML)と診断され、治療を始めた時からずっと、心の中にあったモヤモヤでもあります。
この病気以外にも、通院での投薬治療だけで日常生活を送れているけど、とても重い病気と闘っている方はたくさんいます。
でも「入院して手術するような病気や病状」と比較され、大した事ないねと軽視されてしまう事もある。
そんなモヤモヤを綴ってみます。

 

◆「飲み薬だけの治療」と言われても…

 

私が診断を受けたのは「慢性期」と呼ばれる比較的初期の段階でした。
治療は、1日2回の《分子標的薬(タシグナ)》という飲み薬を飲むだけ。

 

…そう聞くと、たぶん多くの人が「それなら軽くてよかったね」と思うんじゃないでしょうか。
実際、私自身も初めて病名を聞いたときは死を覚悟するくらい衝撃的だったのに、医師から「入院は不要です。通院でお薬を飲むだけです」と言われて。
分子標的薬での治療ができるようになってからまだ30年弱くらいしか経っていませんから、自身が子供の頃の白血病のイメージから考えると
「えっ、大掛かりな治療はいらないの?」と拍子抜けしたくらいです。

 

 

けれど、いざ自分がこの小さなカプセルを飲もうと思うと…。
そして日々その薬を飲み続ける中で、、
「薬を飲むだけ」という言葉がどれほど軽く聞こえるか、そしてその裏にどんな怖さや葛藤があるのか、身をもって実感していくことになりました。

 

◆軽い治療=心身が軽い闘病ではない

 

確かに、抗がん剤や放射線のように全ての髪の毛が抜けるわけでもないし、入院生活もない。
でも、「だから大したことないでしょ」と言われると、心がズキッとするんです。
癌が初期で見つかった方の中には、同じような言葉を言われた方もいらっしゃるかもしれません。
もちろん、何も感じない気にならない方もいらっしゃるでしょう。
これも個人差あると思います。

 

世の中には、外見では分からない病気の人がたくさんいます。
癌、糖尿病、甲状腺、難病、メンタルの病気…。
みんな、それぞれに“見えない闘い”を抱えていて、私もその中のひとりでした。

 

大掛かりな治療をしている訳ではない、みんなと変わらない普通の日常生活を送りながらの飲み薬だけの治療でも、
どれだけの恐怖や希望を込めて飲んでいるか──
それは、同じ経験をした人じゃないと想像しにくいものかもしれません。

 

◆一番怖かったのは「薬が効かないかもしれない」という不安

 

慢性骨髄性白血病は、進行すると予後がとても悪い病気です。
それこそ、分子標的薬が登場する前までは「テレビドラマでヒロインが亡くなる病気の代名詞」と言ってもいいほど、“死を連想させる病”でした。

そんな病気を、「薬で抑えられるようになった」と聞けば、確かに医学の進歩ってすごいことです。

 

でも、それでも「薬が絶対効く」とは限らない。

 

もし効かなかったら?

もし急に病状が進んだら?

 

その“もしも”が頭の中で何百回もぐるぐる回って、眠れなくなる夜もありました。
慢性骨髄性白血病って、10万人に1人くらいの確率で罹患する病気なので、そんな低確率にヒットしてしまった自分なんだから、どんな悪い事だって起きてしまうような気がしていたんです。

 

薬を飲みながら、「これで良くなる」と信じる気持ちと、「もし効かなかったら」という恐怖の間で、心が揺れ続ける毎日。
でも周りから見れば、普通に日常生活を送っている普通の人に見える。
それが「軽い治療」と呼ばれる現実でした。

 

◆副作用への恐怖

 

そして、薬そのもののリスクも大きかった。
タシグナの説明を聞かされたとき、正直、震えました。

 

先生が淡々と羅列していく可能性のある副作用…

 

白血球減少、血小板減少、貧血、頭痛、嘔吐、発熱、頭蓋内出血、後腹膜出血、嘔気、

下痢、便秘、肝炎、肝機能障害、黄疸、膵炎、胸水、肺水腫、心筋梗塞、脳梗塞、動脈血栓、

末梢動脈、狭心症、心不全、心膜炎、感染症、浮腫、筋痙攣、薬疹、間質性肺炎、腎障害、脱毛…

 

これから飲むお薬にはこれだけのリスクが少なからずありますと説明され、あまりにも“命に関わる”文字が並んでいて、心が沈んでいったのを覚えています。
治療のあらゆるリスクを説明されるのは当たり前ですし、リスクがゼロの治療なんてないのは分かっていても、もはや白血病じゃなくて副作用で死ぬのでは?と恐怖しました。

 

私は当時、まだ小さな子どもたちを育てていました。
だから余計に怖かった。

 

「この薬を飲み続けて、もし血管が詰まって倒れたら?」

「救いの薬のはずなのに、死への誘いになったら?」

「でも、飲まなければ白血病で死んでしまう…」

 

そんなことを考えてしまって、初期の頃はよく死を想像して泣いていました。

 

◆お金の不安もリアルだった

 

 

もうひとつの大きな心の疲弊要素が「治療費」でした。
分子標的薬は非常に高額で、所得によって金額は変わりますが、高額療養費制度の上限額いっぱいまでかかります。
初期の頃は毎月、病院へ行くたびに万札がバサバサ飛んでいく。

 

「私が生きているだけでお金がたくさん減っていく」

 

そんな感覚に押しつぶされそうで、“生きるための薬”なのに“家族に迷惑をかける薬”に思えてしまったこともありました。
今振り返ると、それは誰も悪くないのに、自分で自分を責めてしまっていたんですよね。

 

入院や手術等の大掛かりな治療を受けていれば、治療費もさぞ大変だろうと想像されやすいかもしれないけれど、
通院でお薬だけだと、風邪で処方されるお薬程度のイメージを持たれるのはしょうがない事と思いつつも複雑な心境になります。

金額が高い事実を知ってほしい訳じゃなくて、金額が高いと精神的ダメージが大きいんです。
トータル金額を想像して、

 

「私はこんなに大金をかけて生きるほどの存在なのか?」

 

と、ただ、心を病むという事を伝えたいという感じでしょうか。
子供がいるとなおさらですよ、このお金があったら子供にこれだけかけられるのにって考えてしまったりね。
複雑な心境です。

 

◆家族との未来を生きる為に薬を飲む

 

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この話を通して、「かわいそう」と思ってほしいわけでも、気遣ってほしいわけでもないんです。
ただ、“見えない大変さ”があることを知ってほしい。

入院していないから軽いとか、仕事を続けられてるから元気とか、そういう線引きで判断できないのが、病気や障害のリアル。

身近な人が同じような状況だったと知ったなら、何をしてくれとは言わない、ただ、軽視だけはしないであげてほしいのです。
「どんな状態でも、その人なりに戦っている」ということだけ、心の片隅に置いてもらえたら嬉しいです。

 

以前、ネットで見かけた話で、

 

「子宮頸がんワクチンを打たなくても、毎年検査してたら初期で見つけられるから大丈夫」

 

と。
ワクチンを打つべきかの話は置いておいて、癌って、今は初期で見つかれば簡単に治るって認識が広まってるばかりに、罹患した本人も同じくらい軽い気持ちでいられるという誤解が生まれているって思うんです。
もちろん気にしない当事者もいらっしゃるかもしれませんが、そうじゃない人達も確実に存在しています。

 

癌が自分の体にあるんだってだけで怖いですよ。
例えそれが初期だとしても。

 

そんな心境や、その人の状況なんて見た目じゃわからない。
だからこそ、軽視するような言動は表に出さないべきだと伝えたいです。

 

 

現代は、本当に医学が進みました。
昔なら入院しなければできなかった治療も、今では通院で済むものがたくさんあります。
それはありがたいことだし、救われた命がたくさんある。

 

私も、数十年前に罹患していたなら死んでいたかもしれない。
薬をただ飲むだけの治療で良いという事実は心からありがたいと思うし、恵まれているなと心から感謝しています。
今、こうして家族で元気に暮らせている、これ以上ない幸せです。
本当に本当にありがとうございます。

 

ここ最近数値が本当にギリギリで、再度治療を再開するかどうかの瀬戸際なのですが…
たくさんの複雑な気持ちを抱えながら、今日も生きています。

 

今でもまだ治療法が確立されていない病気も、1日でも早く治るようになってほしいです。

 

◆次回予告

 

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
同じように病気や不安を抱えている方の心を、ほんの少しでも軽くできていたなら嬉しいです。

 

次回は、子供達の発達障害のお話。

 

【薬を飲むかどうか、決めきれなかったあの夜】

 

を書いてみたいと思います!

 

少し前にvoicyでも似たお話をしましたが、改めてブログでも書いてみようかなと思っています!
発達障害の投薬って、決断が本当に難しいですよね。
どなたかの参考になるような記事を書けるよう頑張ります!

 

また次回もぜひ遊びに来てくださいね!







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